大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和28年(ネ)1033号 判決

訴外宮地アキが昭和二十年二月十日その所有の本件家屋一棟を被控訴人小松信夫に対し賃料一カ月金三十円、毎月末日払、期間の定のない約で賃貸したところ、宮地アキはその後本件家屋を控訴人に譲渡し、昭和二十五年八月七日にその旨の登記手続を了したが、控訴人は昭和二十八年一月二十一日附の書面で控訴人小松信夫に対し、同控訴人が本件家屋のうち階下四畳半の一室を控訴人久保田実夫婦に無断で転貸したことを理由に、上記賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右書面が翌二十二日に到達したことは、いずれも当事者間に争がない。

右契約解除の意思表示の効力について次に判断する。控訴人主張のように、被控訴人小松信夫が本件家屋の一室を昭和二十一年七月下旬から二十四年七月三十一日頃まで好地隆に、更にその後間もなく滝沢茂喜に三、四カ月の間貸していたが、更にその後昭和二十六年二月頃被控訴人久保田実夫婦に貸したことは、いずれも当事者間に争がない。原審証人久保田タカ、当審証人好地隆子、滝沢好子、佐々倉健三、小松千枝子の各証言を綜合すれば、被控訴人小松信夫夫妻は二十一年になる長男を頭として四年になる五女まで合計九人の子供を有し、杉並区阿佐ケ谷三丁目三百七番地に床店を賃借して化粧品の小売店を営んでようやく生活しているが、知人から頼まれ台湾からの引揚者で、職もなく住宅に困つていた好地隆に階下の四畳半を控訴人に無断で転貸し、電気、水道等をも共用していたのでそれらの代金を含めて一カ月二十五円の賃料を受取り、その後好地隆が中野区役所に勤務したので、同人からの申出で、上記のような賃料を一カ月金五十円、百円、百五十円、三百円とだんだんに価上していつたが、最後の賃料なども、その当時としては世間一般の賃料額よりも相当低いものであつた。好地隆が転居するさいに、同人から頼まれて一時との約で、同人の知人の滝沢茂喜に右四畳半を控訴人に無断で貸し、上記のような賃料として一カ月金五百円を受領していたが、その当時の世間一般の相当額は一カ月金二、三千円位であつた。同人の転出後、被控訴人の妻の従姉妹であり、田舎から上京して被控訴人小松信夫方に同居していた被控訴人久保田実の妻旧姓山口タカが被控訴人久保田実と婚姻し、住居もなかつたので上記四畳半を貸したが、右両名は共に学校の教員で収入があり、万事控訴人小松信夫夫婦の世話になるので、その御礼の趣旨をも含めて、上記のような趣旨の賃料として金五百円を受取つていたが、被控訴人久保田実夫婦も昭和二十八年末には他に転居した。被控訴人小松信夫は右のような経過で本件家屋の四畳半の一室を転貸したが、右は全くその当時の住宅難のおりからの住宅に困つていた者に対する同情によつたもので、営利の目的などはなく権利金などは全くとつたこともなかつた。他方、控訴人は本件家屋を買受後昭和二十三年頃から被控訴人小松信夫に本件家屋の明渡を求め、昭和二十五年六月からは賃料の受領を拒んでおり、好地隆と滝沢茂喜が転借していたことも昭和二十五年当時に知つていたことを、それぞれ認めることができる。

そうであるから、被控訴人小松信夫の本件家屋の四畳半の一室の賃貸は転貸には相違ないが、控訴人との賃貸借契約の信頼関係に反するものとは未だ認め難いのみならず、控訴人が解約の事由として特に主張した被控訴人久保田実に対する転貸は、姻戚に当るものに貸したものであり、殆んど営利性のあることは窺はれず、殊に、新婚の夫婦に貸したのであつて、住居としての使用から考へても特に破損のおそれのあるような使用方法は考へられないのであるから、これを以て民法第六百十二条にいう信頼関係に反する転貸借とは、とうてい認め難い。故に控訴人のなした上記認定の契約解除の意思表示はその効力がないものといわなければならない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!